京都 和泉式部寺(新京極の誠心院)
幕末に京都の今の新京極にある、通称・和泉式部寺内に「中井静龍軒」という写場(写
真を撮影する仮スタジオ)があった。
この「中井静龍軒」については全く何もわからないのだが、「京寺町和泉式部寺中 中
井静龍軒」という印章が上蓋の裏側に付いた幕末期のガラス湿板写真が残っている。
この「中井静龍軒」が営業していた場所は、ちょうど誓願寺に繋がる通り沿いにあり、
ここでは他にも日登美などの写真師が写場を設けて活動していた。
幕末の「禁門の変」(蛤御門の変)で、この誓願寺の界隈は焼け野原となってしまった
のだが、幕末期には芝居小屋、見せ物小屋が多く商売をしており、その客を目当ての写
場もあったと思われる。
この場所は後に(明治五年/1872年)三条から四条の間に新しい路を通され、これが
現在の「新京極通り」となった。
このため誓願寺は、およそ六千五百坪を有していた境内の内、四千八百余坪の土地
を没収されることとなった。
こういう事情で幕末期にこの辺りで開業していた写場や写真師については、全くといっ
てもいいほど、何も参考資料が残っていない。
というわけで僕も何度かこの場所に行ったことはあるのだが、ただ道行く京都の若い女
性を眺めているばかりだった。




