Archive for 6月 7th, 2009

土方歳三写真の謎 その八

まず、前回の終わりの方に、僕は下記のように書いた。
その後、この写真台紙表の下部に左から右に、「PHOTOGRAPHER  GK  JAPAN ARTIST」とデザインされた意匠が印刷された写真を何枚か見つけた。
その内の一枚がご覧の写真である。
この写真は、釧路真砂町の写真師・木村藤太が明治29年(1896)8月9日の皆既日食を撮影した珍しい写真である。
従って普通に考えればこの「PHOTOGRAPHER  GK  JAPAN ARTIST」の写真台紙の写真(以下、「GK写真」と略称す)は、釧路真砂町の写真師・木村藤太の写真館で使用されていた写真台紙と考えられる。
すると、平拙三家蔵の土方歳三の写真は、この木村藤太の写真館で複写販売されていたと考えられる。
『釧路市史』によると木村藤太は明治26年に釧路にて写真館を開業していることから、平拙三家蔵の土方歳三の写真は、これ以降に複写、入手された写真とも考えられる。
しかし、・・・・そうとも断定できないのである。
というのは、木村研が明治39年に函館会所町の田本研三の写真館を引き継いで開業していることから、この木村研の写真館で使用されていた写真台紙という可能性もあるからだ。
つまり、木村藤太と木村研という明治時代の北海道にいた写真師は、何らかの密接な人間関係があるのでは?というわけだ。
例えばそれは、
①木村藤太は後に木村研と改名した。(つまり同一人物)
②木村藤太と木村研は親子関係、あるいは親族関係
ということも十分考えられるのである。
ところが、・・・・
その後の調査で、平拙三氏所蔵の土方歳三の全身肖像写真(GK写真)は、どうやら明治十年頃に大沼沈山といっしょに北海道に行った本田退庵が、土方家、平家に「こんな写真があったよ」という感じで持ってきた写真のようだ。
そうなるとこの「GK写真」の写真館はすでに明治十年頃に存在していたということになり、明治39年に函館会所町の田本研三の写真館を引き継いで開業した木村研は、候補者ではなくなる。
木村藤太は明治26年に釧路にて写真館を開業しているから、木村藤太でもない。
ということで、また振り出しに戻ってしまいました。
うーん、・・・誰なんでしょうねぇ、・・・・この「GK写真」の写真館は。
追伸:
同様に佐藤福子氏所蔵の「土方歳三の半身の肖像写真」については、この写真の写真台紙裏に、明治十年頃、本田退庵と函館を訪れた大沼沈山が、函館戦争で散った土方歳三を讃え、弔った漢詩が書かれている。