Archive for 4月, 2009

坂本龍馬の写真

0002

来年のNHK大河ドラマは「龍馬伝」に決まったそうである。
そのため高知県、長崎県、京都市は坂本龍馬をテーマとした特別展や、出版物の計画が
進行していると聞いた。
坂本龍馬の写真展示もあると思う。
坂本龍馬の写真は代表的なものは全て長崎の上野彦馬の写真館で撮影されている。
撮影者は同じ土佐藩の井上俊三と言われている。
井上俊三はこの当時、藩の命令で長崎に化学(舎密)や写真術を学ぶために留学していた。
しかし、本当は火薬の製造技術を学ぶためではないかと僕は考えている。
このため、井上俊三は長崎の上野彦馬のところに居たと思う。
というのもこの長崎の上野彦馬の写真館は、父親の代からの長崎の火薬製造所だったからである。
(ちゃんと調べたわけではないので間違えていたらごめんなさい)
写真術はコロジオン溶液、定着、現像液の作製など化学(舎密)の知識が必要なため、井上は上野彦馬から写真術も学んでいたようだ。
まぁ、幕末期はいろいろあって、明治になって井上俊三は土佐で営業写真館を開業するのだが、ある人に坂本龍馬のことを聞かれた際に、「坂本が長崎に居たときに、(上野彦馬)先生が所用でいないこともあって、俺が写真を撮ってやると昼寝をしていた坂本
を引っ張り出して、写真館に連れて行き撮影した」そうだ。
このため坂本は少し寝起きの眠い顔をしていたという。
今の人は訳知り顔で「坂本龍馬の写真を見ると、日本の行く末を見つめて思想しているようだ」とか、「まさに坂本龍馬は精悍な志士という表情(顔)だ」とかいわれているが、実際は昼寝を叩き起こされて、まだ眠いし、このところ多忙で疲れているし、ちょっと不機嫌な顔だったと僕は思う。
やれやれ。


花曇り某日

0001   遠山景明 本妙時代寺所蔵

一昨日の土曜日、花曇の下、東京巣鴨にある本妙寺に行ってきた。
このお寺にはあの遠山の金さん(遠山左衛門尉景元)のお墓や、森山多吉郎のお墓がある。
振袖火事のお寺といった方がいいかもしれない。
(元は本郷にあったが後に巣鴨に移転)
http://www6.ocn.ne.jp/~honmyoji/
このお寺の社務所にご覧の遠山景明の古写真が飾ってあると新書本で読んで知り、思い立って急遽、観に行ったというわけだ。
まずは遠山家のお墓と森山多吉郎のお墓にお参りして、その後、社務所に行き、お寺の方に訳を話して、奥の梁の上に飾られていた現物の写真を見せていただいた。
もっともこの写真は昭和に複写された写真だ。
僕の方はこの写真をお寺に寄贈された佐久間賢二氏について聞きたかったのだが、お寺の人に「突然来られてもこまるのよね。」と嫌味なお叱りを受けつつ、(まぁ、確かにそうなんですが)「昔のことなのでもう誰もその当時(昭和46年10月)の経緯は知らない。佐久間家も当寺の檀家ではないため、連絡先などもわからない」と、きっぱりと言われてしまった。
まぁ、多少予想はしていたので、ここではもう粘らず、お礼を言って気持ちを切り替えて、巣鴨のほかのお寺、手塚治虫、手塚良仙、大槻俊斎のお墓もある總禅寺や、お岩さん、田宮家、瑤泉院のお墓のある妙行寺などもついでにお散歩して観て廻りることにした。
但し、染井霊園は何度も行っているので、満開の桜は遠目に観て今回はパスにする。
一通りお寺を観て廻ると、今度は引き返す形で、旧中仙道を南に歩くことにする。
巣鴨といえば普通は「おばあちゃんの町・原宿」と言われ、刺抜き地蔵から巣鴨庚申塚までの間を中心とした旧中仙道の「巣鴨地蔵通り商店街」が賑っている。
「染井吉野の碑」も確認して、本場の染井吉野の桜も眺めてきた。
というわけで今回は「姥桜とソメイヨシノ」のコラボを楽しみつつ、さっさっと帰宅することにした。やれやれ。


山口貴生著『日本の夜明け フルベッキ博士と幕末維新の志士たち』

0006

2009年3月4日朝日新聞・朝刊の広告欄及び同年3月14日毎日新聞・朝刊の広告欄に掲載された山口貴生著『日本の夜明け フルベッキ博士と幕末維新の志士たち』(文芸社、2009年3月)という本がある。
先日、僕は読みたくもなかったが、またどんな出鱈目が書かれているのか確認するため
に、仕方なくこのトンデモ本(クズ本)を購入した。
この著者の山口貴生氏は、勝手に「慶應元年2月に撮影された幕末維新の志士たち」と
して全員の名前を入れた陶板額を、詐欺的な高額値段で発売していた人物だ。
まぁ、この陶板額を買った方もお馬鹿な人なので自業自得であるが。
この本の出版前に僕のところにも電話を掛けてこられたが、最初から根拠無く慶應元年2月に撮影された幕末維新の志士たちの写真だと妄信している人なので、話していてもかみ合わず「失礼な変なやつ」という印象の人だった。
それはともかく、この山口貴生氏は、東京大学の倉持先生や慶應義塾大学の高橋信一先生とも話していろいろと話を聞いているはずだが、この新著には何も触れていなかった。
むしろ「慶應元年2月に撮影説の人が多い」などと嘘ばかり書いていた。
そして、こういう人がいるせいで、真面目に古写真を研究している人にとっては、大迷惑なのも事実なのである。
慶應義塾大学の高橋信一先生の『「フルベッキ写真」に関する調査結果』については下記をご覧ください。
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/cat4229856/index.html