Archive for 2月, 2009

幕末明治の肖像写真

 

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今年、2月10日に、ようやく石黒敬章氏が新しい著作、『幕末明治の肖像写真』(角川学
芸ブックス、定価(税込): 2625円)を出版された。
石黒コレクションを中心とした幕末明治の肖像写真は、どれもその内容は元の写真アル
バムが素晴らしいこともあり、大変な数の貴重な古写真ばかりである。
僕も少しだけ人物鑑定にはお手伝いをしたので、ぜひ手にとって買っていただけたら幸
いです。
さて、余談だが、この本は名前の読み方などに若干の誤りもあるが、それは校正者の誤
りであって、石黒敬章さんのせいではない。
この時代の人物の正確な読み方を調べるのは、僕も経験があるので判るが非常に難しい
のだ。
人物の正確な読み方は、何をその根拠にするのかが問題なのだが、僕は基本的にはこれ
は霞会館華族家系大成編輯委員会編 「『平成新修旧華族家系大成』上・下」(霞会
館、1996年)が、一番信頼できる参考資料だと考えている。
その他の既存の歴史大辞典やインターネットなどの記述だと、人物名の読み方が何をそ
の根拠としているのか不明のため、危ないような気がするからだ。
問題は『平成新修旧華族家系大成』に掲載されているような天皇家、皇族、華族ならば
これでいいのだが、僕のようにそれ以外の人物を調べていると、膨大な参考資料を一つ
一つ探ってゆくという大変な苦労をすることとなる。
そのため、僕は人物名の読み方については、自分の書いたものではなるべく避けるよう
にしている。
卑怯だけどごめんなさい。(ぺこり)


京都・「鍵善良房」

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http://www.kagizen.co.jp/index.htm
「くずきり」で有名な京都の祇園にある(京都市東山区祇園町北側264番地)「鍵善」本
店は、江戸中期・享保年間(1716-1736)の創業です。
京都の写真師・堀與兵衛の写真館「ぎおん支店」は幕末にこの「鍵善」があった辺りに
あったそうですが、祇園界隈の四条通りが明治十七年に道が北側に拡張されてこともあ
り、その正確な場所の位置は不明です。
それでも幸いに今の「鍵善」本店は昔ながらの町屋の趣きを現在も残していますから、
その雰囲気だけは感じることが出来ます。
一階の喫茶室の奥には、小さな倉と奥庭があります。
これは全くの想像ですが、僕は堀與兵衛の写真館「ぎおん支店」の写場(撮影場所)
は、このような町屋造りの建物の奥庭にあったのではないかと考えています。
そんなわけで僕は京都に行くとたいてい一度はこの「鍵善」の喫茶室に立ち寄ります。
もっとも昨年末に京都に行ったときには、堀與兵衛の写真館「ぎおん支店」のあった正
確な場所は、この「鍵善」のすぐ右隣にある「珈琲家あさぬま 祇園店」(京都府 京都
市東山区 あさぬまビル1F)だったのではと考えるようになりましたから、次回からは
「珈琲家あさぬま 祇園店」でコーヒーを飲むことにしようかと考えています。


閑話休題

今年も昨年から引き続き古写真についての様々な情報が僕のところに届いている。
今回はそのいくつかをご紹介したい。
今年(2009年)1月24日に新人物往来社から『歴史読本3月号』が出るが、この号には、
東京大学の倉持先生が「古写真集成 明治人の肖像」という論考を発表される。
続いて2月10日には、石黒敬章さんが角川学芸ブックスで『幕末明治の肖像写真』(定価
(税込): 2625円)を出版される。
この本では僕もちょっとだけだが人物鑑定作業のお手伝いをしました。
さらに横浜開港150周年記念として『ウオルシュホール商会伝記写真集』という本も
出版されるようだ。
これは伊勢原の松浦さん(ウオルシュのご子孫)が所蔵されている古写真を紹介する本
で、今までこの古写真については『日本の肖像』などにその一部が紹介されていただけ
だったので、僕も楽しみにしている。
また、来年までには京都国立博物館の宮川先生が『井口家アルバム写真集』(仮称)の
出版を予定している。
この本についても人物鑑定作業などで僕がお手伝いできることがあれば、協力する予定
でいる。
それにしても日本にはまだまだ一般に紹介したい貴重な古写真アルバムや古写真群が各
地にある。
それらの一つでもいいので僕も何とか出版作業の実現に協力したいものだ。
もっとも僕の方のメインの作業としては大阪の内田写真株式会社が創立140周年を迎える
こともあり、これを記念して『明治天皇を初めて撮影した男・内田九一写真集』(仮
称)を出版したいと考えている。


堀與兵衛の祇園支店

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昨年末に近藤勇の写真を撮影した京都の写真師・堀與兵衛について講演をした。
その際に堀與兵衛の写真館で、祇園支店があった場所を概ね今の「鍵善」の辺りと話し
たのだが、それを聞いていた女性の方から、「鍵善は江戸時代からの創業と聞いている
のですが、本当に場所はそこなんでしょうか?」と質問されて、「はて?」と考え込ん
でしまった。
というのも祇園界隈の四条通りは明治十七年に道が北側に拡張されて、このときに北座
が廃止されている。
さらに調べてみると四条通りは明治四十五年に市電軌道敷設のために第二次拡張され
て、有名な「一力」の玄関もこのときに四条通り側から花見小路側に移動している。
以上のことを考慮すれば、堀與兵衛の祇園支店があった正確な場所は、今の「鍵善」の
店の前から歩道を越えた車道の辺りにあったのではないかと考えられる。
そこで、昨年末に京都、大阪の古写真関係の調査に行った際に、もう一度「鍵善」の界
隈についても考えてみることにした。
すると面白いことが判った。
明治四年に京都で創業した写真材料商の浅沼商会が四条小橋の傍にあったのだが、後に
この店は、今の「鍵善」の右隣に移転し、さらにご子孫の一人がこの場所で喫茶店を開
業し、現在の「珈琲家あさぬま 祇園店」(京都府 京都市東山区 あさぬまビル1F)と
なっていたのである。
もちろん、このことから堀與兵衛の祇園支店とはすぐに繋がらないのだが、堀與兵衛の
祇園支店があった場所の右隣に写真材料商の浅沼商会が移転してきたと仮定するより
も、堀與兵衛の祇園支店が写真材料商の浅沼商会に代わったと考えた方が素直なような
気がする。
この仮説を証明するためには、法務局に行って地籍簿を調べる必要があるのだが、悪名
高い個人情報保護法のため難しいことかもしれない。
誰か何とか調べてくれないだろうか。