続・近藤勇の写真について (その五)
前回までの最新調査でもう元新撰組幹部であった永倉新八が川村三郎より明治二十一
年に譲り受けた複写写真については、追いかけなくともいいだろうと考えていたのだ
が、別の用事で調べ物を図書館fでしていたら、偶然にそれが判明した。
こういうことは不思議なことに別の調べ物をしているとよくある。
釣洋一著『新選組写真全集』(新人物往来社、1997年)のp215に全体的では
ないが掲載されていた。
土方歳三の写真については川村三郎が複写したものと全く同じで、近藤勇の写真と
いっしょに二枚並べて別の台紙に貼られていた。
(台紙の左に近藤勇の写真、右に土方歳三の写真)
そして、この台紙の裏には永倉新八の裏書きとして正確には以下の内容が書かれてい
た。
大正二年五月二十二日
東京市本所区番場町
四丁目七番地
山田音羽
芸名綱枝太夫
近藤勇写真見ルハ泪ヲ
流シ同人写真拝借イタシ度
申シ貸シ与フ両人複写イタシ
送ル
右 土方歳三義豊
左 近藤勇昌之
新撰組副長助勤
永倉新八戴之
改 杉村義衛治備
大正二年六月十日書
さて、肝心の近藤勇の写真の方は、もちろん両腕を下ろしたポーズの写真で、複写し
た際にちょうど半身になるように寄って複写した写真であった。
複写を頼んだ写真館については写真台紙の一部が『新選組写真全集』に掲載されてい
たが、詳細はまだ不明だ。
ここまできたらせっかくなので、今度、釣洋一氏にお会いして尋ねてみようと考えて
いる。
近藤勇の京都時代の娘で、山田音羽が永倉新八から近藤勇の写真を借りて複写した写
真については、このことから、やはり両腕を下ろしたポーズの写真で、複写した際に
ちょうど半身になるように寄って複写した写真であることが推察できる。
ということでこれについてはこれ以上の追求はお終いにしたい。
やれやれ。




