明治東京 新橋芸者 こさん(沢潟屋の小三)
ご覧の写真はつい最近入手した芸者こさんの名刺判写真だ。
明治時代のいわば人気アイドル写真の一枚。
この「こさん」について調べてみると、明治十一年の松本万年の『新橋雑記』に「沢
潟屋の小三、亀屋の駒吉(容姿よし)。」と書かれている。
おそらくこの「沢潟屋の小三」だろうとかってに考えて、さらに調べてみると成島柳
北の『新柳情譜』に書かれていた。
以下がその引用になる。
小三(沢潟屋)
丸顔で眉毛が長く色白は誰か、仇名を白地蔵と呼んでいる。
その名は小三であるという。小三は肌が白い上に、厚化粧なので、こうこうとして夜
を照らしているようである。
僧に聞いてみると、地蔵尊というものは慈恵に豊んでいて、人を救うので、それに報
いる者が多いという。
小三は多情多術で、千変万化なので、大ぜいの客が金を投げ出すようにして、その艶
福を求めようとする者が絶えない。
まさに地蔵の称は当っている。今年の五月十三日の夜、小三は情人と木挽町で災難に
かかって縄目の恥をうけた。
私は城北の地で、これをきいた。縛られ地蔵というものがあるが、小三はこれと似て
いると言われても致し方はない。
仇名が「白地蔵」というのも、今の時代ならばちょっとひどいような気もするが、当
時としては肌が白い美人ということで誉め言葉なんだろう。
古写真には当時の一般庶民の女性も多く写っているがその姿は色も黒く、スタイルも
寸胴、短足で背も低く、容姿、見栄えもよくない。
さてこの写真の「小三」については、皆さんはどう思われるでしょうか。



