長与専斎
普通の人はよく知らない、あるいは全く知らないと思うが、長崎県大村の偉人の一人
として長与専斎は外せないだろう。
万延元年に大村から長崎に赴き、ポンペについて蘭医学を学んだ人物だ。
日本の医療福祉の祖ともいわれている。
この長与専斎の若い頃の写真は回想録『松香私志』に掲載されているが、慶応年間に
長崎の上野彦馬の写真館で撮影されている。
この人は松本良順と共に日本の西洋医学の先覚者の一人としてもっと有名になっても
いいと思うのだが、この人を主人公とした小説や映画などが出来なければ無利かもし
れない。
司馬遼太郎先生が生きていて、力作でも書いてくれたらよかったんですけどね。
長与専斎の墓は東京都港区南青山2-32の青山霊園にある。
今度またお天気のいい日にでも青山霊園に行って調べてこようと思う。
【参考書籍】
小川鼎三・酒井シヅ校注『松本順自伝・長与専斎自伝』(平凡社東洋文庫、1980年)
外山幹夫 『医療福祉の祖 長与専斎』 (思文閣出版、2002年)
長与専斎
長崎生まれ。医師・衛生行政家。父は肥前大村藩医。安政元年(1854)大坂の適塾に
入門し、のち塾頭となる。万延元年(1860)長崎に赴き、ポンペについて蘭医学を学
んだ。明治4年(1871)上京し、文部少丞となり岩倉遣欧使節団に随行して渡欧、西
欧の医学教育を視察、調査。6年(1873)に帰国後、文部省医務局長。8年(1875)内
務省衛生局の初代局長となる。司薬場の建設、医制の制定、防疫・検疫制度の導入な
ど、わが国衛生行政の基礎を築いた。元老院議官、貴族院議員などを歴任。回想録
『松香私志』(1902)がある。
http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/306.html



