Archive for 7 月 17th, 2008

東京 芳町 芸者 奴

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芳町の芸者、「奴」の名刺判写真は時々見つけることがある。
ご覧の写真もそんな一枚だ。
芳町とは正式には葭町(よしちょう)といい、今の人形町から浜町一帯をさす花柳界の
ことだ。
この葭町は柳橋らと並んで東京でも最も古い花柳界の一つであり、江戸時代より葭町
の名で親しまれてきた。
新橋や赤坂の花柳界が太平洋戦争の戦禍で再出発を余儀なくされる中、葭町は幸い大
きな戦火を逃れ、明治の面影を残しつつ、戦後まもなくから三業地帯として栄えた。
昭和から平成にかけては、移りゆく社会の趨勢のため、葭町でも数々の料亭がお店を
閉めが、老舗料亭の「濱田家」などを中心に、今も花柳界の伝統を守りながら息づい
ている。
この葭町で、芸者の「奴」という名前は新橋の「ぽんた」とならんで、花柳界でも名
妓にしか与えられない名跡だ。
初代の「奴」は、明治時代の論客、福地桜痴に愛されたが、結核のため早逝してい
る。
この名刺判写真の芸者「奴」がその初代の「奴」の姿ならうれしいのだが、さすがに
僕もそこまではわからない。
さて余談だが、日本の女優第一号として明治の演劇史を飾った川上貞奴は、この葭町
でも指折りの芸者置屋浜田屋の芸妓であった。
【川上貞奴】
本名貞。明治4年(1871)生まれ。
幼い頃、芳町の芸者屋浜田屋の養女となり、やがて奴と名乗って芸者に出、伊藤博文
の寵を受けた。
明治23年(1890)、川上音二郎と結婚。以後川上一座と共にした。
川上一座海外渡航の時、始めて貞奴と名乗って舞台に立ち、欧州を巡業して一躍その
名を高めた。
帰朝後は新演劇運動に活躍し、女優養成所を設けて多くの女優を育成した。
昭和21年10月7日没(1946)、享年76歳。