Archive for 6 月, 2008

京都 八坂神社前 四条通

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京都に行くとたいてい僕は八坂神社近くの祇園ホテルに宿泊する。
ここは東山、祇園といった京都の観光地を見て歩くのに便利だし、行きつけの店もた
いていこの辺りなので都合もいい。
ご覧の古写真はまさにその祇園ホテルの前辺りから八坂神社のある方向を見た明治の
風景になる。
写真左手の街並はその後の四条通の道路拡張のため現存しない。
おそらく左の電柱が立っている位置が、今の四条通の車道センターラインだろう。
右手の街並もお茶屋の「一力」以外は現存していない。
その「一力」も昔は玄関が四条通側にあったが、今は花見小路側に変わっている。
それにしてもこの古写真を眺めていると、明治維新の激動期が終わって、平和な時代
になった京都の雰囲気が感じられる。
この通り沿いには明治になると何軒も写真館があった。
これらの営業写真館は時代が進むにつれて次々に廃業してしまい、今では一軒も残っ
ていない。
それにしてもこの道の清潔な姿は感動ものである。
舗装してない道なので実際は雨の日など大変だったとは思うが、美しい日本の原風景
をここでも見ることができる。
この古写真の中で歩いている人々はその後どういう人生を送ったのだろうか。
そんなことをちょっと想像しながら、僕は今夜もビールを飲んでいる。


京都 鳥弥三 川床

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ここ数年毎年、夏になると京都に遊びに行っている。
若い頃は仕事で京都に行き、その後はプライベートで、あるいは古写真研究のリサー
チでといった目的は変わったが、夏と冬の年二度、一泊二日か二泊三日、京都で過ご
している。
そしてたいてい夜は行きつけの店で京都の友人と食事をし、楽しく飲んでいる。
夏は鴨川沿いに写真のような川床が並び、京都の熱い夏を少しでも涼しく過ごせるよ
うな風情ある舞台が造られている。
「鳥弥三(とりやさ)」は京都でも水炊きで知られた老舗で、創業は天明八年(17
88年)の名店だ。
初代の平井弥三郎さんが鳥(とり、かしわ)を扱っていたので、「鳥弥三」と名付けら
れ、はじめは店先で鶏肉を売るだけだったが、お客さんの要望に応えて、座敷で「と
りすき」を食べさせるようになり、祇園のお茶屋や木屋町の旅館への仕出しも手がけ
るようになった。
幕末にはあの坂本龍馬も贔屓にして何度もこのお店に足を運んだといわれている。
もちろん僕も友人と一緒に一度だけ行ったことがある。
本当に美味しい店なので機会があれば一度は立ち寄っていただきたい。
この古写真では奥に見える橋は四条大橋で、鴨川の右手が祇園になる。
写真に写っているような小粋な美人芸者と一緒に、夏の京都の風情を楽しめたらどん
なにかいいでしょうね。
「鳥弥三」の詳細は下記をご覧ください。
http://www.toriyasa.com/index.html


東京 芝増上寺

 

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徳川将軍家の菩提寺は東京の北の上野寛永寺と南の芝増上寺の二つある。
どちらも明治の初年からいろいろな写真師が撮影しているので、古写真としてもその
数は多い。
ご覧の古写真もそんな一枚というわけだ。
上野寛永寺の方は幕末に彰義隊征伐(上野戦争)で焼尽してしまい、明治になって上
野公園として再生された。現在は上野動物園や各美術館がある公園として市民の憩い
の場となっている。
一方、南の増上寺も芝公園として今日にその姿を残している。
かつての寺域内には東京プリンスホテルの高層ビルも建っている。
増上寺の山門はちょうど都営地下鉄三田線の芝公園駅と御成門駅の中間にあり、山門
前の道を東に向かうと都営地下鉄浅草線の大門駅、さらにその先には東海道、JR浜松
町駅がある。
僕が研究している幕末明治初期の写真師・内田九一もこの二つの寺院の写真を撮影し
ているので、僕も芝増上寺には撮影ポイントの確認のため、何度かフィールドワーク
として行ったことがある。
将軍家のお墓は全てが現存しているわけではないが本堂の裏手にある。
もっとも扉はいつもは閉まっているので、この古写真のように中のお墓を観ることは
できない。


東京 両国橋

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今の両国橋は昔と違って隅田川の上流に掛かっているため、江戸、明治期の繁華街で
あった東西の広小路は、ややその位置が違っている。
ご覧の古写真は昔の両国橋を下流の日本橋側から、隅田川の対岸の東両国の方を眺めていることになる。
橋の右上に見える大きな瓦屋根は両国橋東詰にある回向院の本堂だ。
明暦の大火で焼死した無縁仏の供養のために建立されたお寺だが、境内には有名な鼠小僧白吉や山東京伝の墓所があり、大相撲ゆかりの寺でもある。
赤穂浪士の一行が討ち入り成功後、この回向院で休憩を取ろうとしたが、寺から拒ま
れてしまい、一行はそのまま泉岳寺に向かったという。
この回向院は関東大震災、東京大空襲で当時の建物は焼失してしまったが、再建され
て現在も同じ場所にある。
最近ではペットのお墓があることでも知られている。
現在の回向院前の通りを北に向かうと両国駅があり、そのさらに北側には江戸東京博
物館、両国国技館がある。
周辺には相撲部屋やちゃんこ料理店も多い。
一方、この古写真の手前側、かっての両国橋西詰めの広小路には、昔の賑わい、雰囲
気を感じさせるものがほとんどない。
目ぼしい場所は薬研堀の「薬研堀不動院」と「柳橋」くらいのものだ。
それでも僕はこの辺りを散策するのが大好きなので、もう何度も行っている。
隅田川の大花火大会は平成の今も有名だけど、ものすごく人が多いので、ここ数年、
僕は毎年テレビで観ることにしている。
ずいぶん前に大失恋した夏は、当時住んでいたマンションの上から、遠くに打ち上が
る花火の大輪を一人で眺めながら、缶ビールを飲んでいた。
だから僕の隅田川の花火の思い出はちょっぴりセンチメンタルなものとなっている。


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