京都のお嬢さんとその弟
ご覧の写真は明治初年に京都の写真師・高木吉兵衛が撮影した「京都のお嬢さんとそ
の弟」の湿板ガラス写真だ。
高木吉兵衛が撮影したことは、敷物の柄(模様)とこの特徴的な椅子でわかる。
また高木吉兵衛が撮影した湿板ガラス写真は、多く残っていて日本カメラ博物館など
が所蔵しているが、この写真は僕が所蔵している湿板ガラス写真だ。
こういう写真の状態がよく、被写体に若い芸子、芸妓や女性が写っている湿板ガラス
写真は、値段も高く入手も難しい。
僕は貧乏なのでめったに古写真は買えないのだが、ちょうど京都の写真師を研究して
いることもあって、この高木吉兵衛が撮影した湿板ガラス写真は購入することにし
た。
この湿板ガラス写真は桐箱に入った状態だったが、名前の墨書きなどはなかった。
まぁ、ご覧のようにきりりとした表情の、かわいいお嬢さんの写真だったのも、観て
いて気持ちがいい。
おそらく京都の商家の娘さんが弟と一緒に撮影した家族写真の一枚なのだろう。
他にもこのお嬢さんのご両親や親族が写った湿板ガラス写真はあって、これらがまと
めて骨董商に処分、引き取られて、一枚一枚ばらばらにされて販売されたようだ。
高木吉兵衛の写真は一般にはよく知られてないので、値段もそう高くはない。
それはともかく、このお嬢さんを観ていると、この女の子はその後、どういう人生を
おくることとなったのか、想像するだけでも面白い。
きっと美人になって知り合いの商家にお嫁に行って、子供たちに囲まれて幸せな人生
をおくったのではないだろうか。
そうあってほしいと思う。
もっともこの写真を僕が入手できたということは、その後、このお嬢さんのご子孫が
没落して、何もかも手放した可能性も高いのだから、彼女の晩年がどうであったのか
ちょっと心配している。
そんなことを考えても仕方がないけどね。
高木吉兵衛については下記をご覧ください。
「高木吉兵衛」
生没:?~明治15年(?-1882)
業種:写真館
住所:京都竹屋町
京都蛸薬師境内
経歴:福井武生小川町で生まれた。松平春嶽公の臣として慶応3年(1867)京都に随
行し、廃藩後京都竹屋町に住む。そこで三輪松兵衛について写真術を学び、明治元年
(1868)竹屋町で写真館を開業した。その後蛸薬師境内に新設した。明治初期に撮影
された「高木」という判が桐箱の横に押された湿板ガラス写真を確認したことがあ
る。没後は小谷荘治郎が継ぎ、息子の庭治郎は横浜で玉村康三郎から写真術を学び、
後に神戸西町で開業した。
(日本カメラ博物館監修、井桜直美著『セピア色の肖像』より)



