「東京上野公園の桜」
大判手彩色古写真 東京上野
手 彩色古写真 東京上野 精養軒前
ご覧の手彩色古写真は、上野公園内の満開の桜の風景写真だ。
東京のお花見といえば上野公園は今でもそのメッカの一つといえる。
僕も下っ端の頃は、会社のお花見の場所取りによく行かされた場所だ。
上野公園は元は上野寛永寺の境内だったのだが、明治維新の際に、上野戦争(彰義隊征伐)で焼け野原となってしまった。
明治に入って東京で初の市民公園となった。
お雇い外国人、ボードウィン先生の勧めによるものだが、困ったことに上野公園内に
建てられたボードウィン博士の銅像は、オランダ大使館より公園指定100周年を記念
して贈られたものなのだが、製作時の手違いにより実弟(元駐日オランダ領事)の写
真をもとにした像になってしまった。
今でもそれは見ることができる。
(1870年、医学校と病院予定地として上野の山を視察した蘭医ボードウィンが、公園
として残すよう日本政府にはたらきかけ、その結果1873年に日本初の公園に指定され
た。このことをもってボードウィンは、上野公園生みの親と称される)
一枚目の写真は手彩色絵葉書で、左の休憩所の後ろに見えるのが有名な上野の「時の鐘」だ。
松尾芭蕉は江戸時代に「花の雲鐘は上野か浅草か」と作句している。
もちろんこの上野の「時の鐘」は今でも上野公園に行けば見ることができる。
写真の右に見えるのは「上野の大仏」で頭の後ろに頭光があることから、明治二十五
年から明治二十八年頃の間に撮影された写真であることがわかる。



