Archive for 3 月 6th, 2008

東京・「銀座通の馬車鉄道」

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ご覧の大判手彩色古写真は、「新橋ヨリ銀座通ヲ望ム」写真だ。
この風景は後に絵葉書でもよく見ることができ、有名な銀座の風景写真となってい
る。
日本に電車が登場する前のわずかな間、軽便な都市交通機関として活躍したのが、馬
を動力にした鉄道「鉄道馬車」だ。
初の鉄道馬車営業として、明治15年(1882)6月25日に開業した「東京馬車鉄道会社」
は、目抜き通りの中央に4フィート6インチの軌道を埋め込み、新橋から上野、浅草を
結んで運行を開始した。
この東京馬車鉄道も明治36年(1903年)には電化され「東京電車鉄道」となる。

そして僕が思い出すのは夏目漱石の名作「坊ちゃん」だ。
「坊ちゃん」の最後は以下の文章で終わる。

「その後ある人の周旋で街鉄(がいてつ)の技手になった。月給は二十五円で、家賃
は六円だ。清は玄関付きの家でなくっても至極満足の様子であったが気の毒な事に今
年の二月肺炎に罹って死んでしまった。死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから
清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るの
を楽しみに待っておりますと云った。だから清の墓は小日向の養源寺にある。」

ここでは「清の墓は小日向の養源寺にある」とされているが、元の原稿を確認してみ
ると最初は「清の墓は谷中の養源寺にある」と書かれていた。
そして先日、ついでがあってこの谷中の養源寺に行ってみると、このお寺には本堂裏
の墓地の右前方の木立の下に「安井夫人」に登場する安井息軒の墓があるのだが、そのすぐ傍には「米山家」のお墓があり、このお墓が清のお墓なのだった。
それにしても夏目漱石の「坊ちゃん」は何度読んでもこの最後の文章が心にしみる。
「死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋
めて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。
だから清の墓は小日向の養源寺にある。」