ご覧の縁台に腰掛けた坂本龍馬の肖像写真がある。
この写真は今までどこで撮影された写真なのかは不明であったのだが、2009年江戸
史談会の会場で茂呂司氏のするどい指摘によって、解明の糸口ができた。
最初、僕自身は何の根拠もなく、なんとなく長崎の上野彦馬の写真館で撮影された
写真だろうと思っていたのだが、茂呂司氏が気がついた伊東孝三の写真に写ってい
る煙草盆が同じものであることから、慶応年間に京都か大坂で撮影された写真であ
る可能性が高いと思うようになった。
その後、この伊東孝三の写真に写っている椅子と全く同じ椅子に腰かけている市川
斎宮の写真があることに気がついた。
しかも再び茂呂司氏のするどい観察眼からこの市川斎宮の写真に写っている絨毯の
柄が、近藤勇の写真に写っている絨毯の柄と全く同じことが判明したのである。
ここでちょっと整理すると、
①縁台に腰掛けた坂本龍馬の肖像写真(煙草盆)
②伊東孝三の写真(煙草盆と椅子)
③市川斎宮の写真(椅子と絨毯)
④近藤勇の写真(絨毯)
という共通項の関係から、この縁台に腰掛けた坂本龍馬の肖像写真は、近藤勇の写真
と同じ京都の堀与兵衛撮影の可能性が出てきたというわけなのである。
ところが、・・・・ここに問題があるのだがこの伊東孝三の写真、市川斎宮の写真に
写っている椅子と同じデザインの椅子は他の古写真(長崎の上野彦馬、大坂心斎橋の
中川信輔撮影の古写真)にもあり、証明としてはまだ不十分となってしまった。
しかしながら、慶応年間の伊東孝三、市川斎宮の行動を調べてみると、長崎には行っ
ていないことから、少なくとも長崎の上野彦馬撮影の可能性はない。
また、上野彦馬の写真館で使用されていた煙草盆とも違う。
後は京都の堀与兵衛撮影か、大坂心斎橋の中川信輔撮影かということになるのだが、
まだ確定できていないのである。
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