江戸東京歩き
ここ数年、週末になると東京の町を歩いている。
一つには健康のためのウォーキングということでもあるが、ただ歩くだけではつまら
ないので、寺社仏閣、名所旧跡を訪ねて歩くようにしている。
そのため出かける前には事前に歩く予定の場所の予備知識を参考資料になる本をよく
読んで行くようにしている。
最近は以前歩いた場所でもテーマを変えて歩くことも多い。
それは時には名作の舞台であったり、幕末明治維新の有名人のお墓を探すことだった
りする。
そのため寺院の墓域や霊園の中を古いお墓を探して何べんも同じ通路を歩いて見て廻
ることもある。
その際には事前に社務所などに立ち寄りお墓の場所を教えていただいたり、その許諾
を得てからということもあるし、時には勝手に墓域に入ってお墓を探すこともある。
好きな小説の舞台を歩くのも楽しい。
主人公が歩いた道を同じように歩いて当時の風景を想像するというわけだ。
最初の頃は古写真の風景写真を眺めて、カメラポジションとなる場所を探して歩いた
こともあった。
大坂城や旧江戸城(皇居)周辺など今でも同じ場所で古写真に写された同じ風景を写
真に撮る事ができるところもあるが、東京の場合そのほとんどがマンションなどのビ
ルに邪魔されて見えない場合も多い。
また古写真に写された寺社仏閣も関東大震災や東京大空襲で焼けてしまい、戦後再建
されたところが多いので、同じ寺社仏閣でも今行くと本堂の向きや場所さえ変わって
しまったところもある。
また隅田川に掛かる橋も古写真に写された当時とはその位置が移動していたりするの
で、こうなるともう想像力をフルに稼動させなければ見当もつかないのだ。
そのため僕はいつもカメラや名所旧跡の参考資料の他に、江戸切絵図、明治時代の地
図、今の東京区分地図などの資料を持って歩いている。
時にはそれ以外に小説も持って歩くので、カバンも重くなり非常に疲れることにな
る。
また、僕は昼食や夕食はできるだけ現地のうまい蕎麦屋や鰻屋などに決めている。
そのためそういうグルメなガイドブックや雑誌なども持ってゆくのだが、そのため何
だか苦役を行う修行僧的な気分になることもある。
こんなに苦労して東京の町を歩いているのに、帰宅してから反省会を一人でしている
と見過ごしてしまったお墓や名所旧跡に気付くこともあって悔しい気分になることも
あるのだ。
さて、そんな事をしていると古写真の研究に時々役に立つこともある。
例えば僕は夏目漱石の足跡を訪ねて早稲田界隈を歩いたことがあるのだが、その途中
で「清源寺」(新宿区戸山1丁目)というお寺に立ち寄ったことがある。
「このお寺には墓域に漢学者の「長川東州」の墓である長川家のお墓と石碑がある。
それからしばらくして、「長川新吾(東明)」という人物が写っている集合写真につ
いて調べていたのだが、「長川新吾(東明)」が漢学者の「長川東州」の養子である
ことがわかったのだ。
そう、先日訪ねた「清源寺」の長川家のお墓は、「長川東州」と「長川新吾(東
明)」の二人のお墓でもあったのだ。」
そこで週末に改めて「清源寺」にもう一度行くことにした。
前回はただ眺めていただけだったので、今度は長川家のお墓をきちんと調査するため
だ。
特にご子孫の行方を知りたいと思った。
詳細は省くが墓石の裏に彫られていた文字を読むと大変参考になった。
何だか不思議な気分になって僕はしばらく長川家のお墓をぼんやり眺めていた。
ご覧の写真が今僕が調べている写真です。