土方歳三写真の謎 その七
ずいぶん前に土方歳三の写真について連続して書いていたが、その後、新たにわかったこともあるので、記述、発言内容の訂正も含めてお知らせしたい。
まず、前回の終わりの方に、僕は下記のように書いた。
「平拙三家旧蔵写真については、写真が貼られた写真台紙表の下部に左から右に「PHOTOGRAPHER GK JAPAN ARTIST」とデザインされた意匠が印刷されているが、この真ん中にある意匠の「GK」については、東京下谷で開業していた木津剛吉のことではないかと僕は推察している。
木津剛吉のイニシャルが「GK」で、他に写真師が考えられないからである。
まぁ、もっとも時代が下がって別のイニシャルが「GK」の写真館で複写してもらったものかもしれないので、あくまでこれは僕の想像ということになる。
東京日野・多摩地区にイニシャルが「GK」の写真館があったという情報をご存知の方がおられればぜひご教授いただきたい。
よろしくお願いいたします。(ぺこり)」
その後、この写真台紙表の下部に左から右に、「PHOTOGRAPHER GK JAPAN ARTIST」とデザインされた意匠が印刷された写真を何枚か見つけた。
その内の一枚がご覧の写真である。
この写真は、釧路真砂町の写真師・木村藤太が明治29年(1896)8月9日の皆既日食を撮影した珍しい写真である。
従って普通に考えればこの「PHOTOGRAPHER GK JAPAN ARTIST」の写真台紙の写真(以下、「GK写真」と略称す)は、釧路真砂町の写真師・木村藤太の写真館で使用されていた写真台紙と考えられる。
すると、平拙三家蔵の土方歳三の写真は、この木村藤太の写真館で複写販売されていたと考えられる。
『釧路市史』によると木村藤太は明治26年に釧路にて写真館を開業していることから、平拙三家蔵の土方歳三の写真は、これ以降に複写、入手された写真とも考えられる。
しかし、・・・・そうとも断定できないのである。
というのは、木村研が明治39年に函館会所町の田本研三の写真館を引き継いで開業していることから、この木村研の写真館で使用されていた写真台紙という可能性もあるからだ。
つまり、木村藤太と木村研という明治時代の北海道にいた写真師は、何らかの密接な人間関係があるのでは?というわけだ。
例えばそれは、
①木村藤太は後に木村研と改名した。(つまり同一人物)
②木村藤太と木村研は親子関係、あるいは親族関係
ということも十分考えられるのである。




