近藤勇の娘といわれる山田音羽
近藤勇の娘といわれる山田音羽の写真がある。
この写真は永倉新八が持っていた近藤勇の写真について調べている過程で、永倉新八のご子孫である杉村悦郎さんのご著書に掲載されていたので、初めて知ることができた。
近藤 勇の京都時代の娘で、竹本綱枝こと山田音羽が、北海道札幌、旭川に公演した際に、永倉新八が「北海タイムス」に連載していた新聞記事から永倉新八と近藤 勇の写真の存在を知り、大正二年五月二十二日に永倉新八に会いにきた。
その時に山田音羽が永倉新八から近藤 勇の写真を借りて複写したしている。
この写真も今となっては山田音羽のご子孫は行方不明のため、現物の写真は確認できないが、永倉新八から近藤 勇の写真を借りて複写した写真ということから、これは近藤 勇が両腕を下ろしているポーズの写真と推察できる。
この写真については新選組研究の第一人者である釣 洋一先生を通じて、永倉新八のご子孫ある杉村悦郎氏に、永倉新八が持っていた近藤 勇と土方歳三の複写写真の形態を問い合わせ、再確認することができた。
但し、この竹本綱枝こと山田音羽が本当に近藤 勇の京都時代の娘であったのかは、釣 洋一先生も疑問に思っている。
山田音羽のご子孫か、何か情報をお持ちの方が居られればぜひご教授いただきたい。
ついでに書くと、釣洋一先生がいうには、杉村悦郎著『新選組永倉新八外伝』のP158Pに、近藤勇の娘と名乗る竹本綱枝こと山田音羽が公演した劇場として、現在の小樽市花園町の公園通りにあった演芸館跡の写真が載っているが、この写真は間違っていて、当時の演芸館は建物の裏、二本目の通りにあったそうだ。
さて、僕の方は杉村悦郎氏からお借りした山田音羽の写真を観て、この写真が勅使河原写真館で撮影された写真ということが判った。
この勅使河原写真館は幸いなことに広告を出していたことから、浅草公園五区にあった写真館だと判る。
またこれによれば夜間撮影が得意だった写真館らしい。
山田音羽については下記をご覧ください。
http://www.hokkaido-jin.jp/issue/sp/200407/extra.html




