新撰組隊士 島田 魁
新撰組の諸士調査役兼監察をしていた隊士で島田 魁という人物がいる。
この島田 魁については、中村彰彦さんの『いつの日か還る 新選組伍長島田魁伝』(文藝春秋)という名作もあるので、ご存知の方もおられると思う。
島田 魁は「しまだ かい」と諸書に書かれているが、新選組研究の第一人者である釣洋一先生のお話だと「しまだ さきがけ」が正しい読み名であるらしい。
僕もそんな気がしている。
さて、島田 魁についてご興味のある方は、上記の中村彰彦さんの小説やら、新撰組関係の本でも読んでいただいて、僕の方はこの島田 魁の写真について書くことにする。
実はご覧の写真が島田 魁の写真ではあるが、一枚目の壮年時代の肖像写真は、写真とい
うよりも肖像画を明治になって写真にしたもののようだ。そして二枚目の晩年の写真は兄弟等と一緒に写ったものだ。
これらの写真は写真台紙が写っていないため、どこの写真館であるのかよくわからなかったが、その後調べてみるとどちらも京都の堀真澄の写真館であることがわかった。
おそらく二代目・堀与兵衛(堀真澄)だろう。
そういうわけで、近藤勇、谷万太郎、成合清と続いて、この島田 魁の写真も明治時代になってからとはいえ、堀与兵衛(堀真澄)の写真館と関係があることがわかった。
京都の堀与兵衛(堀真澄)の写真館では幕末期に土佐藩士ほか様々な人物が写真を撮影しているが、新撰組の隊士たちも多く利用していたことが伺われる。
もしかしたら、土方歳三やその他の新撰組の幹部たちの写真も、今後新たに見つかるのではないだろうか。
とはいえ、そういう写真が仮に見つかったとしても、写真台紙裏の墨書きなどの根拠がなければ新撰組の幹部たちの写真と断定できないのであるから、難しいんですけどね。
【島田 魁】については下記をご覧ください。




