続・近藤勇の写真について (その四)

さて、今回は以前にも書いた以下の、『それ以外のまだ現物が確認されていない近藤
勇の写真』についての最新調査報告をしよう。
①元新撰組隊士の久米部正親、後の猪野忠敬が所蔵していた写真。
②元新撰組隊士の近藤芳助こと当時の川村三郎が所蔵していた写真。(現在、川村三
郎のご子孫・浅田康夫氏所蔵)
③元新撰組幹部であった永倉新八が川村三郎より明治二十一年に譲り受けた複写写
真。
この写真には永倉の裏書きとして以下の内容が書かれている。
「大正二年五月二十二日 東京市本所区番場町四丁目七番地 山田音羽 綱枝太夫 
近藤勇写真見るに泪を流し、同人写真拝借いたしたくと申し、貸し与ふ。両人複写い
たし送る。右 土方歳三義豊 左 近藤勇昌宜 新撰組副長助勤 永倉新八戴之 改
 杉村義衛治備 大正二年六月十日」
この近藤勇の写真は、「右 土方歳三義豊 左 近藤勇昌宜」というのは土方歳三の
写真と近藤勇の写真が台紙に並べて貼られていたらしい。
④近藤勇の京都時代の娘で、山田音羽が永倉新八から近藤勇の写真を借りて複写した写真。
⑤自由党員で、自由民権運動で活躍した神奈川県議の吉野泰三(近藤勇の甥で娘婿の近藤勇五郎の親族)が所蔵していた近藤勇の写真。
最近ようやく元新撰組隊士の近藤芳助こと川村三郎のご子孫である浅田康夫氏の連絡
先が判って、先日、横浜のご自宅にお邪魔してお会いすることが出来た。
そして川村三郎が猪野忠敬が借りてきた土方歳三と近藤勇の写真を複写した写真を確
認することが出来た。
近藤勇の写真については意外なことに両腕を下ろしたポーズの写真だった。
つまり、福井市郷土歴史博物館所蔵の写真で「近藤勇 新撰組」と写真裏に墨書きが
ある写真と、永見徳太郎編纂「珍しい寫真」(昭和七年、粹古堂)掲載されている
「新撰組隊長 近藤勇」の写真と同じタイプの写真であった。
これで永倉新八が川村三郎より明治二十一年に譲り受けた複写写真と京都時代の娘
で、山田音羽が永倉新八から写真を借りて複写した写真も同じタイプの写真だったこ
とが確認できた。
また、猪野忠敬がこれらの写真をどこから借りてきたかというと、逸話として元は松
本良順が持っていた写真を何度もお願いして借りてきたということがわかった。
そして、吉野泰三が所蔵していた近藤勇の写真も、川村三郎が議員をしていたことか
ら、同じ神奈川県の議員をしていた吉野泰三のことを考えると、同じタイプの写真で
あることが推察される。
さらに、他にも猪野忠敬が川村三郎に話した逸話があって、
・近藤勇は慶応二年に京都で撮影したということ。
・その時は近藤勇は縁台に座って外で撮影したこと。
・「大与」という写真館で撮影したこと。
が判った。
この「大与」という写真館は、京都の寺町と祇園支店で営業していた堀與兵衛の写真
館だ。
ということで僕の予想通り、近藤勇の写真は慶応二年に京都の堀與兵衛の写真館で撮
影されたことがこれで判った。
おそらく慶応年間に撮影された他の新撰組の隊士で、谷万太郎、成合清も堀與兵衛の
祇園支店で撮影していることから、この近藤勇の写真も同じ堀與兵衛の祇園支店で、
慶応二年に撮影されたものと、僕は思う。
これで近藤勇の写真については一応の結論が出たので、次は土方歳三の写真についても調べてみようと考えている。
こうご期待くださいませ。
(パチ、パチ、パチ、・・・拍手)



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