宗家の人々

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つい先日、品川区西大井6-10-18にある伊藤博文のお墓を観にいってきた。
しかし、日曜日のため入口の門が閉められており、あいにく墓域に入ることができなか
った。
仕方が無いので七福人めぐりが大好きな僕は、前から気になっていた「荏原七福神」廻
りをすることにした。
品川区にはこの「荏原七福神」と「東海七福神」の二つがあるのだが、僕は以前に旧東
海道沿いを散策して「東海七福神」の方はすでにクリアーしている。
さて、この「荏原七福神」の一つに「養玉院如来寺」がある。
このお寺は寛容で財宝をもたらす神、「布袋」があるお寺で、如来堂には五体の大きな
仏像が安置され『大井の大仏(おおいぼとけ)』とも言われている。
いつもの僕ならばここで「布袋」の印を貰ってさっさと次のお寺を目指して歩いていく
のだが、何となく境内の石仏や石碑なども観ていた。すると如来堂裏に広がる墓地に古
い大きな墓がたくさんあることに気がついた。
こういう墓石のお墓はだいたい大名家の墓だと知っていた僕は、そのまま墓地の奥に誘
われるように入り込んで、いったい何という大名なんだろうかと墓石に彫られた文字を
調べてみることにした。
すると驚いたことに「対州」と彫られていたのである。
つまりここにずらりと並んだお墓は対馬藩藩主、宗家の人々のお墓(対馬藩宗家墓域)
だったのだ。
僕は対馬府中藩の第16代(最後)の藩主で、維新後、宗重正と改名した「宗 義達(そ
う よしあきら)」と思われるお墓に手を合わせて、宗家の家族写真については見つけ
て、今は全て大阪の内田写真株式会社が所蔵していることを報告した。
それにしても偶然とはいえ、ちょっと不思議な気分だった。



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