矢田堀鴻

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先日の日曜日に、ちょうど植松三十里著『群青~日本海軍の礎を築いた男~』という
矢田堀鴻を主人公とした小説を読んだので、早稲田の宗源寺に行ってきた。
矢田堀鴻については下記をご覧ください。幕府海軍のエリートの一人だ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E7%94%B0%E5%A0%80%E9%B4%BB

ついでに早稲田界隈を久しぶりに散歩した。
主に夏目坂界隈の夏目漱石ゆかりの場所(生誕地、終焉の地)や有島武郎旧跡跡や附近のお寺を見て歩いた。
宗参寺には山鹿素行のお墓、牛込氏のお墓があり、宝祥寺には歴史小説の創設者・塚原渋柿のお墓があったので、見学のついでにお参りして来た。
夏目坂には他にも誓閑寺というお寺があり、ここの鐘の音は漱石の幼い頃の思い出として『硝子戸の中』でも書かれている。
夏目坂を下って地下鉄早稲田駅のある交差点の角には、延宝年間に開業した酒屋「小倉屋」が今でもあり、漱石の生家はこの店舗の裏にあった。
この店はあの有名な高田馬場の決闘の際に中山安兵衛が決闘に駆けつける前に、この店で升酒を飲んだという。
さて、歩きたらないのでもう少し歩くことにして、早稲田通リを西に歩き、諏訪通りを歩いてJR高田馬場駅方向へ行くことにした。
途中に諏訪神社、玄國寺がある。
この玄國寺は、岩倉具視の屋敷を移築した建物がありまして、本堂横の庫裏の建物がそうだ。
諏訪通りを少し戻って今度は明治通りを北に歩き、道の途中にある島村抱月旧居跡を探したがこれは見つからず、そのまま再び早稲田通リに出て、西早稲田三丁目二十七番地の五、六を探す。ここが江戸川乱歩の旧居跡なのだが、ここにも説明の板も碑も何もなかった。
しかたがないので明治通りを西に歩き、JR高田馬場駅前のロータリーを今度は南に下がって、志賀直哉の旧居跡も観てきた。
この日の散歩はこれでお終い。
あー、やれやれ、疲れました。



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