大村右衛門 2

 

今回は大村右衛門の古写真の続報です。
大村史談会編「大村史話 下」(昭和四十九年)に掲載されている「大村右衛門の集合写
真」大村藩の「稲田又左衛門」の古写真は、確かに敷物の柄が同じだったが、フルベッ
キの単独写真の方は現物の写真を見る機会が今年あり、よく見ると敷物の柄が違っていました。
(ここでお詫びして前回の内容を訂正させていただきます)
また、その後「図説 埼玉県の歴史」という本に別の大村藩士の古写真を見つけた。
写真キャプションは「飯能戦争に参加した大村藩士」という古写真だ。
この写真の敷物の柄も「大村右衛門の集合写真」、大村藩の「稲田又左衛門」の古写真
と全く同じだった。
どうやら大村藩士はみんな同じ写真館で撮影しているようだ。
このことから推測されるのは、これらの写真が撮影された場所は、長崎の上野彦馬の写真館で撮影されたという仮説もまだあるが、それよりは幕末の大村藩北伐隊の動向を調べてみると、京都か東京の写真館で撮影された写真ではないかと僕は思う。
というのも今までのところ、この敷物の柄と同じ敷物の柄が写っている上野彦馬の古写
真が一枚もないからである。
結論はまだ出ていないが、いずれにしてももっと他に同じ敷物の柄が写っている古写真
を探すしかないようだ。
と思っていたら、埼玉の古写真コレクターの青木さんから久しぶりにメールが来て、そ
の問い合わせ写真の一枚が、敷物の柄も「大村右衛門の集合写真」、大村藩の「稲田又左衛門」の古写真と全く同じだった。
これで同じ敷物の柄の古写真が4枚見つかった。
こういう積み重ねを続けているうちに、そのうちにこれらの古写真が「どこで撮影され
たものなのか」わかるのだろう。



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