東京 外務省
地下鉄霞ヶ関駅を下りて、三年坂を国会議事堂の方へ向かうと右手が現在の国土交通
省、左手が外務省となる。
国土交通省は江戸時代は芸州(広島)松平安芸守の上屋敷跡で、一般に判りやすく書
くとあの忠臣蔵の浅野内匠頭の本家浅野家の上屋敷跡だ。
一方、今の外務省は松平美濃守(福岡藩黒田家)の上屋敷跡になる。
もっとも明治時代以降、外務省のあった場所はよく変わっているのだが、この古写真
の外務省は霞ヶ関一丁目でいいと思う。
近年、大蔵省が財務省に名称が変わるなどしているが、外務省だけは明治二年以降
ずっと外務省のままの名称となっている。
まぁ、古いことが好きな僕としてはそれでいいと思っているのだが、きっとすごく保
守的な官庁(組織)のような気もする。
この霞ヶ関一帯は諸官庁の建物だらけなので、あたり前だけど散歩していても面白く
ない場所だ。
また、こういった古写真は貴重な資料ではあるけれど、写真としては面白くない。
(建築関係の皆様ごめんなさい)
江戸東京の町は中央区、墨田区、江東区は別として、坂道の多い都市で、これも実際
に歩いてみるとよくわかる。
地方に住んでいると交通の利便性が悪いのでどうしても車やバイクなどをよく利用す
る事となる。東京の場合、交通の便はいいのだが、地下鉄の乗り換えも含めて歩くこ
とが多い。
そのため、始めて東京に住む事となった僕の友人はくたびれるとよく愚痴をこぼして
いる。
また慣れないと地下鉄の駅から地上に出ても、一瞬ここはどこ?といって迷うことに
もなる。
風景が一変するような高層ビルが建設されることもその原因だが、霞ヶ関も最近は建
設ラッシュでどんどん新しい官庁のビルが建設されている。
新しい議院会館などはそのいい例ですね。
こうしてまた東京の空は高層ビルに犯されて、地上を歩く僕たちから風景をなくして
ゆくのだ。



