国会議事堂 貴族院

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意外と知られていないのだが、明治時代に最初に国会議事堂ができた場所は今の国会の場所ではない。
今回の古写真はそんな最初の国会議事堂・貴族院の写真だ。
貴族院とは旧華族を中心とした勅選の議員が所属する議院で、今の参議院の前身にあたる。
国会議事堂の歴史については下記などをご覧になってくださいませ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E4%BA%8B%E5%A0%82#.
E6.AD.B4.E5.8F.B2
この古写真は建物のデザインをみるとどうやら明治24年10月に竣工した第二回仮議事
堂のようである。従って写真はそれ以降に撮影されたことが判る。
第一回仮議事堂、第二回仮議事堂も、内幸町(現・霞が関一丁目、現在の経済産業省
庁舎付近)に仮議事堂が建設された。
昭和11年2月26日に二・二六事件が起こるが、この時にはまだ新しい国会議事堂は完
成していなかった。(完成は昭和11年11月7日)
さて、それはさておき、現在の国会議事堂に附属する形で国会図書館がある。
僕は若い頃に仕事の関係で調べ物をするために初めて国会図書館に行ったのだが、まさか後年、何度もここに調べ物をするために通うことになるとは夢にも思わなかっ
た。
地下鉄の関係で国会議事堂前駅で下りると、ちょうど今の国会議事堂裏と議院会館の
間の通りを歩いて国会図書館に行くことになる。
国会図書館は大きすぎて資料請求しても待たされることが多い。
そのためここに来るとたいてい一日がかりということになる。やれやれ。
近くには首相官邸、自由民主党本部もあるので周辺の道路はいつも警察官がいっぱい
だ。
ここは江戸時代は真田信濃や松平安芸の大名中屋敷などがあった場所で、今の憲政記念館がある場所は井伊掃部頭邸跡になる。
幕末に井伊直弼はこの屋敷を出て、桜田濠沿いに桜田御門に向かい水戸浪士たちに暗殺されてしまうのだが、現場に行くとよくわかるが本当に屋敷を出てすぐに襲われた
という距離である。
しかも当時も警護の井伊家の家来はたくさんいただろうから、いくら不意をついたと
はいえ、よく暗殺できたと思う。



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