京都 三条大橋
まずはこの古写真を見ていただきたい。
明治中頃に撮影された京都の三条大橋の大判手彩色古写真だ。
奥に山並みが見えることから、この古写真は鴨川上流の西側から東方向を見ているこ
とがわかる。また人力車が橋の上にあることから明治五年以降の古写真であることも
明白だ。
幕末、この三条大橋の写真でいえば手前、西詰北に「制札場」があった。
現在のコーヒーショップの前辺りである。
さらに西に行くと三条小橋があり、この小橋を西に渡って三軒目に二階建ての旅館、
「池田屋」があった。
元治元年六月五日、祇園祭の宵々山の夜、近藤勇率いる小隊は、ここ「池田屋」に突
入する。
世にいう「池田屋の変」である。
逆にこの写真に見える奥の鴨川東側、この写真でいえば白い倉の向こう側に、「小川
亭」があった。
肥後勤王党の党首で「池田屋の変」で倒れた宮部鼎蔵が潜伏していた旅館だ。
宮部鼎蔵はこの三条大橋の向こう側とこちら側を行き来していたのである。
橋の向こうの縄手通りを北上して探索していた新撰組の土方歳三たちもこの三条大橋
を渡って、「池田屋」に駆けつけてきたのである。
思えばこの三条大橋は東海道の終点で、まだ浪士隊だった近藤勇、土方歳三が初めて
京都に入ってきた場所でもある。
こうやって一枚の古写真を眺めながら、僕はいつもこんなことを考えているのだ。
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